高橋照幸(休みの国)バイオグラフィー

1948年 3月10日 静岡県浜松市に誕生。小学校の器楽部でハーモニカを吹く。映画狂で多くの映画音楽を脳裡に焼き付ける。このときの体験がのちの曲作りにまで影響を及ぼす。
1963年 4月 静岡県立浜松西高校に入学。高校では映画研究会会長で美術部。同じ美術の同級生にイラストレーターの鈴木康司がいた。ビートルズを聞いて以来、床屋行きをやめる。受験中でもギターやバイク、ヨットに熱をあげる。
1964年 高校の友人3人で、クライングカーフェーズというボーカルグループを結成。当時のポップスを歌って満足していた。
1966年 4月 和光大学芸術科に入学。視覚伝達論を専攻。谷野ひとしと出会う。谷野にギターを教えてもらい作詞・作曲を開始する。
1967年 1月27日 谷野がジャックスに参加。以来ジャックスと行動を共にする。

12月 大学の仲間とザ・BC・カースド・スペース・オペラを結成

1968年 4月8日 参宮橋に引越し。このころより大きな盛り上がりを見せる学生運動にも、ノンセクトとして谷野と共に積極的に参加する。
1969年 3月 ジャックス・ショーのために行われた河口湖の合宿に、運転手として参加。ジャクスの練習の合間をぬって、自分が作った曲(バックは早川を除くジャックス)をテープに録音する。

 ジャックスがステージで「第五氷河期」と「追放の歌」を取り上げ始める

6月 デビュー・アルバム『休みの国』をURCレコードよりリリース。関西フォーク全盛期、ジャックスや遠藤賢司らと共に、東京から登場したユニークなグループとして注目される。

 正確な次期はわからないが、このころ武蔵野美術大学の学園祭(あるいは新入生歓迎会)に、ジャックスを共に出演する。

8月10日 ジャックス解散。

11月 シングル盤『追放の歌/楽しいさすらいの人』をURCからリリース。イラストは鈴木康司が担当。

1970年 4月12日 「ロック叛乱祭」出演 文京公会堂 共演:岡林信康とはっぴいえんど 五つの赤い風船 中川五郎とヴァギナ・ファック 愚 遠藤賢司 斎藤哲夫 若林純夫 司会:おちゆうじ

4月19日 「音と歌の騒乱祭」 大阪府立なんば体育館 共演:岡林信康とはっぴいえんど 五つの赤い風船 中川五郎とヴァギナ・ファック 愚 遠藤賢司 北山修 岩井宏

4月20日 MBS(大阪毎日放送)出演

8月9日 「’70年全日本フォークジャンボリー」

11月 谷野と友人3人でリュックを背に渡欧。貴重品はカメラとギター。

1971年 10月 ヨーロッパ大陸を放浪したのち帰国。
1972年 3月 セカンド・アルバム『フィ・ファーン』を制作。このアルバムは、本来の形からファーストとセカンドの混合という形で、『休みの国』としてリリースされた。

5月 再びスウェーデンに旅立つ。

1973年 12月 帰国。
1974年  帰国後ヨット造り開始。

 同窓の土方鉄人監督の映画「実録・たまご運搬人・警視庁なぐり込み」の音楽面で協力

9月 「追放の歌」がザ・ディランUに取り上げられる。

10月 URCのオムニバスLP『されど私の人生”埋もれ火のアンソロジー”』に「朝のダウンタウン」と「追放の歌」が収録される。

12月 3度目のスウェーデン渡航。

1975年 1月 帰国

4月19日 日仏会館にて「休みの国フリー・コンサート」をMJFCと共に主催。
「第五氷河期」 「マザー」 「ウイーク・エンド」 「白い国籍のスパイ」 「マリー・ジェーン」 「追放の歌」 「悪魔巣取金愚」 「飛べないフクロウ」 「夕焼け地帯」 「おまえの頭の上」 「You」 「朝のダウンタウン」 「精神病院の中で」 「ドクター・クークー」 「霧の中から」

1976年 1月23日 西荻ロフト 共演:シバ

4月30日 西荻ロフト

5月14日 下北沢ロフト 共演:渡部勝

6月19日 「高橋照幸&休みの国Uコンサート」 和光大学小講堂

8月21日 「高橋照幸&休みの国Uコンサート」 レイラ(浜松)

9月 土方監督の「特攻任侠自衛隊」の音楽を担当、出演。

10月 東京都町田市に定住。ヨット造りを本格化。音楽活動の拠点として、ミュージック・ミッションを設立。

1977年 2月 「追放の歌」が六文銭に取りあげられる。

4月2日 薔薇卍ライブ・パーティーにゲスト出演。 オデッセイ(三軒茶屋)

12月 サード・アルバム『トーチカ』を自主制作、販売。

1978年 1月16日 TBSラジオ出演。

2月9日 TBSラジオ出演。

4月26日 「休みの国 高橋照幸コンサート」 中野文化センター メンバー:木田高介 つのだひろ 永井充男 竹田由美子 渡部勝 佐久間順平 斉藤哲夫 コーラス3名

7月26日 「休みの国フェスティバル」 水戸市民会館ホール メンバー:つのだひろ 竹田由美子 渡部勝 吉田健 佐久間順平

8月24日 「休みの国フェスティバル」 群馬県民ホール

9月11日 斉藤素子第一回プロデュース公演 創作舞踊「祈り」の音構成を担当。朝日生命ホール(新宿)

9月30日 大塚まさじとのジョイントコンサート 阪急ファイブ8階オレンジルーム(大阪)

12月17日 「ストラグビン・コンサート」 ライヒ館モレノ(新宿)

12月24日 「パック・ホワイトクリスマス・コンサート」 TBSラジオ

1979年 2月28日 「ストラグビン・コンサートVol2」 ジャンジャン(渋谷)

3月10日 和光大学コンサート

6月12日 「パック・イン・ミュージック」 TBSラジオ

10月 ナショナルのテレビとラジオのCF「ポカポカ・カーペット」を担当。
 このころ、紀文のCFのプレゼンテーションに参加。「冬の日」を作詞、作曲。(協力:岩永正敏)

11月12日 「パック・イン・ミュージック」 TBSラジオ

11月16日 和光大学祭

11月17日 和光大学祭

1980年 1月31日 「ストラグビン・コンサート Vol3」 ジャンジャン

5月17日 「ストラグビン・コンサート Vol4」 ジャンジャン

1981年 1月21日 フォース・アルバム『ミッドウェイ』、シングル『クォーター/52番目の悪魔』をラジオ・シティーレコードよりリリース。

3月4日 レコード・キャンペーンのためラジオ(近畿放送)出演。

5月25日 バーボンハウス(大阪)

5月26日 チキンジョージ(神戸)

5月27日 拾得(京都)

7月15日 大塚まさじとのジョイント・コンサート 金沢地下広場

7月16日 磔磔(京都)

7月17日 チキンジョージ(神戸)

7月18日 「ハロー・ナショナルルーム」 ラジオ(毎日放送)

7月18日 大塚まさじとのジョイン・トコンサート ゴースト・タウン(大阪)

8月13日 "熱風”野外コンサート 土浦

9月9日 エッグマン(渋谷) メンバー:永井充男 竹田由美子 佐々木聡 小松崎政男 ゲスト:友部正人 斉藤哲夫
「黄昏の歌」 「カイト」 「飛べないフクロウ」 「スリー・マイルズ・ストーン」 「Quarter」 「アンサティスファクトリー」 「オレはのら犬」 「半分大佐の歌」 「夜の動物園」 「ドクター・クークー」 「悪魔巣取金愚」 「国境サーチライト」 「白い国籍のスパイ」 「52番目の悪魔」

10月4日 革中冒発足。

11月5日 エッグマン

11月14日 桃山大オールナイト・フェス

1982年 7月7日 江東総合区民センター

9月23日 ジャンジャン 斉藤哲夫のゲストとして出演。

12月25日 「'82クリスマス・コンサート」 フォーエバー(四谷)

1983年 8月25日 ラママ(渋谷)

12月25日 「'83クリスマス・コンサート」 フォーエバー(四谷)

1984年 2月25日 東京12チャンネルで、音楽やライフスタイルを紹介したドキュメンタリー「俺は21世紀の遊び人」が放映される。

3月 駒平のLP『あ・の・こ・ろ』で「アネモネの花」と「冬の日」が取りあげられる。

6月2日 和光大学コンサート
 このころより、音楽よりもヨットやバイクの方の取材が多くなる。

1987年 12月27日 「カイゾク・ロックヤード」 のろ(吉祥寺) ゲスト:中山ラビ 斉藤哲夫 谷野ひとし(客演)